現代の高齢者施設では、安全や衛生といった基本要件を満たしつつ、病院のような無機質さを抑える「脱施設化」が重視されるようになりました。施設らしさを消し、我が家のようにくつろげる環境づくりは入居者のQOL向上につながると考えられています。そこで本記事では、設計者が把握しておくべき建築法規から脱施設化のポイント、安全・衛生と木の温もりを両立する床材選定基準までを解説します。
1. 高齢者施設の種類と設計士が把握すべき基礎知識

高齢者施設の設計は、施設ごとの設置要件や入居者の身体状況に応じた環境づくりが基本となります。同時に、慢性的な人手不足を抱える介護スタッフの負担を軽減する平面計画も欠かせません。そこで、まずは高齢者施設の種類と特性別設計要件を整理します。
1-1.施設種別の特徴:特養・有料老人ホーム・グループホーム・サ高住・老健・デイサービス
・特別養護老人ホーム(特養):原則として要介護3以上の高齢者を対象とする介護保険施設。個室と共同生活室を組み合わせた「ユニット型」では、家庭的な環境での生活を重視します。
・介護老人保健施設(老健):在宅復帰を目指す高齢者に、医療・介護・リハビリテーションなどを提供する介護保険施設。リハビリテーションのための設備や、医療・介護の支援体制が整えられています。
・有料老人ホーム(介護付・住宅型等):高齢者が入居し、食事や介護、生活支援などのサービスを受ける施設。介護の提供方法や住環境、サービス内容は施設によって異なります。
・サービス付き高齢者向け住宅(サ高住):状況把握(安否確認)と生活相談サービスを備えた高齢者向け住宅。バリアフリー構造を基本とし、必要に応じて介護サービスなどを利用しながら生活できます。
・認知症グループホーム:認知症の高齢者が、1ユニット5~9人の少人数で共同生活を送る介護サービス。家庭的な環境のもと、入居者の生活リズムを尊重したケアを行います。
・デイサービス(通所介護):在宅で生活する要介護者が日帰りで利用する介護サービス。食事・入浴・機能訓練などを提供します。
1-2.入所者の特性別に異なる設計要件——要介護度・認知症・リハビリ目的
・要介護度に応じた設計:重度化に伴う車椅子やストレッチャー利用を想定し、廊下の有効幅や出入口の開口幅を確保します。自立移動を促す連続手すりの設置や、介助を考慮したトイレ・浴室のスペースが求められます。
・認知症に配慮した設計:見通しが良く迷い込みを防ぐ「回遊動線」を計画するとともに、自分の居室や目的地を直感的に識別できるサイン計画・色彩計画が有効です。家庭的な雰囲気と木質の温もりを取り入れることは、落ち着いて過ごせる環境づくりの一要素となります。
・リハビリ目的の設計:リハビリを重視する老健やデイサービスなどでは、訓練機材を配置する十分な機能訓練スペースが必要です。日常の歩行訓練を兼ねて、つまずきを防ぐ完全段差解消や、適度なすべり抵抗と衝撃吸収性を備えた床材選定が自立支援を後押しします。
1-3.介護スタッフの動線・業務効率を考慮した平面計画の考え方
介護現場の業務効率を高めるには、移動動線を短縮し、見通しの良いレイアウトで死角を無くす設計が求められます。 リネン庫や汚物処理室といったバックヤードへのアクセスを整理し、夜間の少人数体制でもスムーズに対応できる動線網を構築することが、作業効率の向上とスタッフの負担軽減につながります。
2.設計時に必ず確認すべき建築基準・法規

高齢者施設は法的な用途区分が複雑であり、全国一律の基準だけでなく、自治体などの条例による上乗せ規定にも注意が必要です。
設計時には、建築基準法や消防法だけでなく、以下にまとめた施設ごとの基準やバリアフリー法、自治体条例などの関連法規、補助金を活用する場合の要件についても事前に確認・協議することが重要です。
2-1.施設用途ごとの設備・構造基準
特別養護老人ホームや介護老人保健施設、認知症グループホームなどは、老人福祉法・介護保険法などに基づく施設ごとの設備・運営基準が定められています。居室面積、廊下幅、設備、避難などの基準を、施設用途に応じて確認する必要があります。
2-2.バリアフリー法・福祉のまちづくり条例:段差・廊下幅・手すりなどの基準
老人ホームはバリアフリー法上の「特別特定建築物」に該当し、一定規模以上では「建築物移動等円滑化基準」への適合が義務付けられます。出入口・廊下・階段・スロープ・エレベーター・便所・敷地内通路などについて、段差解消、幅員、手すり等の基準を確認します。さらに、自治体の条例によって対象規模や基準が強化される場合があります。
2-3.補助金申請時に求められる付加要件の確認
介護施設の整備補助金では、法令上の基準に加えて、避難経路の確保など独自の整備要件が設けられる場合があります。制度や自治体によって条件や申請時期が異なるため、計画初期から確認することが重要です。
3.高齢者施設設計の重要課題:「脱施設化」とは何か

利用者が施設を選ぶ今、問われているのは競合施設との差別化を図る最大の鍵として、「脱施設化」を叶えるデザイン力です。どうすれば、いかにもの“高齢者施設らしさ“を抑え、温もりある空間構成をつくりあげられるか。構造・仕様・環境の3アプローチから、居心地の良い生活環境を考えます。
3-1.「措置制度」から「契約制度」へ——選ばれる施設に必要なデザイン力
介護保険制度への移行により、高齢者施設は行政による割り当て(措置)から、入居者・家族が自ら選択する(契約)時代となりました。施設特有の無機質さを抑え、エントランスやラウンジ、居室に「我が家のような上質さとくつろぎ」を演出するデザイン力が、競合施設との明確な差別化を生み出し、選ばれる施設づくりにつながります。
3-2.木質化・自然素材の導入と入居者の心理・QOL向上
「脱施設化」を考えるうえで、木質化・自然素材の導入は有力な選択肢の一つです。木の質感や穏やかな反射光は、住まいに近い印象をつくり、心理的なリラックス感につながるとされています。また床や家具に、自宅で使用していたものに近い質感を取り入れることは、環境の変化に配慮し、入居者が落ち着いて過ごせる空間づくりに役立ち、QOLの向上も期待できます。
3-3.「施設らしさ」を消すための構造・仕様・環境の3つのアプローチ
・構造(間取り・配置):病院を連想させる長大な一本廊下や画一的な配置を避け、9~10人程度の「ユニット単位」に共用リビングを配するなど、小規模な空間構成とします。規模感を抑えることで家庭的で落ち着いた生活スケールをつくり出せます。
・仕様(仕上げ・素材):無機質な医療用PVCシートや金属部材の露出を抑え、床や建具に木の質感を備えた天然木建材やファブリックを採用します。目や肌に触れる素材の温もりが “住まい”としての質感を高めます。
・環境(光・音・空気):昼光を豊かに採り入れる開口と、夜間の眩しさを抑えた暖かみのある間接照明計画を組み合わせます。あわせて、硬質な床音や機械ノイズを抑える吸音・防音配慮を施すことで、静穏で快適な温湿度・音環境を整えます。
4.高齢者施設の床材に求められる5つの性能

高齢者施設の設計を行うにあたり、快適性や安全性を大きく左右するのが床材の選定です。施設の床材に求められる5つの性能と、空間の価値を高める意匠性について解説します。
4-1.転倒防止——滑りにくさと適度なクッション性の両立
高齢者施設の床材には、歩行時の転倒対策として適切なすべり抵抗値(C.S.R値)を備えていること、そして転倒時の衝撃を小さくするクッション性が求められます。車椅子の走行を妨げにくい硬さとのバランスも重要です。
4-2.耐久性・メンテナンス性——車椅子への対応と維持管理のしやすさ
車椅子のキャスター移動や荷重による凹み傷に配慮した耐久性が必要です。また、清掃しやすいことに加え、定期的なワックス塗布を必要としないフリーワックス仕様は、維持管理の負担軽減につながります。
4-3.衛生管理——感染対策
集団生活の場として、感染症対策や尿・体液による汚染への配慮が必要です。そのためには、消毒液に対する耐薬品性、抗ウイルス・抗菌性能、汚れを拭き取りやすい耐汚染性が求められます。
4-4.足腰の冷え対策——床暖房への対応
高齢者施設では、足裏に冷たさを感じにくい環境づくりの選択肢として、床暖房が採用されることがあります。床暖房を採用する場合は、熱や乾燥による反り・隙間の発生を抑える寸法安定性に加え、製品ごとの対応可否と施工条件を確認することが重要です。
4-5.意匠性・空間価値——天然木の質感を生かした住まいに近い空間づくり
施設選びでは、安全性能に加えて、住まいに近い落ち着いた環境であることも検討要素となります。床材に天然木を取り入れることで、不均一な木目や素材感を生かし、施設特有の無機質な印象を抑えた空間づくりができます。意匠性の評価には個人差があるため、入居者や家族のニーズ、施設全体のデザイン方針に合わせて選定することが重要です。
5.朝日ウッドテックの天然木フローリングが高齢者施設で選ばれる理由

朝日ウッドテックの「メッセージケア」は、高齢者施設で求められる機能と天然木の美しさに配慮した床材です。第4章で示した選定基準に沿って、本製品の特徴をご紹介します。
5-1.適度な滑りにくさとスマートセーフティ(衝撃吸収フローリング)による衝撃軽減
歩行時のすべり抵抗値(C.S.R値)に配慮した仕様です。さらに衝撃吸収フローリング「スマートセーフティ」では、転倒時の衝撃指標(G値)が日本建築学会の推奨値100G以下となっており、万が一の転倒時における衝撃の軽減に配慮しています。
5-2.車椅子使用の傷や凹みを軽減 フリーワックスによるメンテナンス性
高密度基材と表面保護塗装により、車椅子のキャスター荷重による凹み傷を軽減します。さらに、フリーワックス仕様のため、所定の清掃方法により美観を維持しやすく、維持管理の負担軽減につながります。

転倒や車いすの使用にも配慮。汚れや傷に強いフローリング
滑りにくく、汚れにも強い。車いすや歩行器を使用しても擦り減りにくい仕様です。
5-3.床を衛生的に保つハイジェニック仕様——抗ウイルス・抗菌・耐薬品・耐汚染
「メッセージケア」はSIAA認証を取得した抗ウイルス・抗菌性能に加え、アルコールや次亜塩素酸ナトリウムを用いた拭き上げ清掃に配慮した耐薬品性・耐汚染性を備えた「ハイジェニック仕様」を採用しています。
5-4.寸法安定性が高く、床暖房対応
基材構成により、高い寸法安定性を実現。熱による反りや隙間の発生を抑え、対応条件を満たす床暖房環境で使用できます。
5-5.施工事例:天然木フローリング「メッセージケア」を採用した高齢者施設の実績
事例1:木の温もりに包まれた、明るく心安らぐ共用空間
用途:グループホーム
採用製品:メッセージケア 突き板 3Pタイプ(横溝なし)オーク
明るいオークの表情が広がる「メッセージケア」を施工。木の風合いを生かし、転倒時の衝撃やキャスター使用による傷・凹みに配慮しながら、住まいに近い印象の共用空間をつくっています。
事例2:落ち着きと上質感のあるリビングルーム
用途:グループホーム
採用製品:メッセージケア 衝撃吸収フローリング スマートセーフティ 挽き板 1Pタイプ ブラックウォルナット
深みのあるブラックウォルナットの「メッセージケア」とブラックチェリーの天井材が調和し、シックでくつろぎやすい、施設感を抑えたリビングルームを構成しています。また、衝撃吸収フローリング「スマートセーフティ」を採用し、万が一の転倒時の衝撃軽減にも配慮しています。
6.まとめ:高齢者施設の設計は「床」が脱施設化の鍵を握る
高齢者施設の設計では、各種法令や安全・衛生要件を満たしたうえで、自分らしく心地よく過ごせる「脱施設化」の視点が求められます。床材は視界や触覚に関わり、空間の印象と使い勝手を左右する要素の一つです。使用環境に応じた性能と天然木の質感の両方を検討し、安全性、維持管理性、意匠性のバランスを取ることが、施設計画の質を高めることにつながります。

清潔な空間を保ちやすい、お手入れしやすいフローリング
汚れを落としやすく、次亜塩素酸ナトリウムも使用できる、衛生管理に配慮した仕様です。
記事監修:辻 久(つじ ひさし)

一級建築士。INA新建築研究所を経て独立し、建築設計due代表を務める。現在まで20年以上、一級建築士事務所を運営し、住宅、店舗、集合住宅、医療福祉施設など多数の設計監理実績がある。









