[特集]木の気:黒川雅之氏インタビュー | フローリング総合研究所
2023.10.03

[特集]木の気:黒川雅之氏インタビュー

あらゆる建築材料、素材の中で「気」だけが特殊な存在です。
建築家/プロダクトデザイナーとして活躍されている黒川雅之氏に、日本人にとっての木、本物の木の魅力についてお話しを伺いました。

日本人にとって木は「神」だった

そもそも木は日本人にとって、「魂」「神」が宿っていると考えられていました。「自然」という言葉は十九世紀になってからできた日本語で、それまで自然は、魂、神々という形で捉えられており、その典型的なものが木、樹木だったのです。
だから、かつての棟梁たちは、その樹木一本一本を神のように信仰しながら切り出して、その木のあるがままに上手に配置して家を作り上げていました。一本一本の柱に、神に対するのと同じくらいの思いが込められていたと言えます。
なぜ、人は木を「いいな」と愛でるのか。それは、無意識のなかに木への深い思いが潜んでいるからです。そもそも、光合成をして酸素を生み出し、二酸化炭素を吸収する植物、木は動物にとってなくてはならない存在。植物がなくなった世界を想像できるでしょうか。日頃意識していませんが、「木」は偉大な存在であることを人類はもっと意識しなくてはいけません。木を生かすと表現することがありますが、私たちが木に生かされているのです。
人は無意識に「木」がなくてはならないものであることを知っています。他の素材、例えばそこに石がある、鉄があるというのと全然わけが違う。人は、生きている植物と人間との深い関わりのなかで木を見ている、人と木とは魂で繋がっているのです。

木という素材だけが「気」を発している

中国の長い歴史の中で「気」というものが語られてきました。目に見えない生命の力のようなもの。英語で一番近いと思うのがエナジー。あらゆる建築材料、素材があるなかで、もともと生きていた「木」だけがこの「気」を発しています。つまり、ほかの素材との違いは生命、宇宙をめぐっている命の循環が発する「気」。

「気」というのは日本の文化にもすごく深く影響を与えていて、気分がいい、天気、気が大きい、気づかないね、など辞書を引くとものすごい言葉があります。それほどに気を大事にしている。そして、この気をどこで受け止めているかというと、仮説ですが結論として「皮膚」だと考えています。

気を感じるのは皮膚。
そして日本は皮膚の文化

皮膚というのは脳ができる前から生き物にあるもので、原始脳と呼ばれます。皮膚が変化して網膜になったり鼓膜になったり舌になったりと、人間の五感の要素は皮膚が変化してできたものです。その皮膚が高度な考えをキャッチするために外注先として作ったのが脳。
あいつは感じいいとか、あいつ嫌いとか、皮膚で感じている。
わざわざ脳で考えてないですよね。気づく。皮膚感覚みたいなものです。皮膚の学問は非常に進んでいて、時差を感じたり、音も聞いていると言われています。腸が第二の脳と言われていることがありますが、粘膜も内側にある皮膚です。つまり、腸を含む皮膚に考える能力があり、気を受け止めているわけです。
東洋人、とりわけ日本人は皮膚感覚が非常に発達しています。季節風と偏西風によって、日本にはアジアの湿度が全部流れ込みます。そのおかげで発酵食品が何千種類とある。発酵食品は中国にもありますが少なく、ヨーロッパにはほとんどありません。日本のこの湿度の高さが肌を発酵させるように素晴らしい肌感覚を育てるのではないか、そして、これが気を感じる能力を高めていると考えています。

日本の大工はカンナを挽くとき、柔らかいところ、節のような硬いところを微妙な感覚で手と木がお話しするようにすーっと挽く。友人が大工に弟子入りしたとき、手をたたかれたそうだ。「お前の手には脳みそがないのか、手で考えろ!」大工は手の皮膚で考えながら材料と会話している。

住まいの床は本物の木がいい

「住まい」とは何かと考えると、住宅だけを示すのではなく、都市も世界も含めた人が住む場所のことを住まいといいます。住宅のなかで木はどのように重要か、というのは、世界の中でと考えればいい。そう考えると、私の中では住まいに木がないというのは考えられないこと。
そして、住宅のなかで人がいつも触れているのが床なので、床が一番大事です。床からエネルギーが皮膚を通じて直接身体に伝わってきます。その感触すべてが本物であるべきです。本物の木の上で寝るといい夢を見ますよ。私の寝室には竹のフローリングが張ってあります。なんか、力をもらえそうな気がした。毎日、竹の気を頂いて寝ています。
また、現代建築がなぜ汚れやすいのか。それは現代の建築素材が自然に呼応しないからです。自然素材は自然に呼応することで自然と馴染み、美しく風化し、老化し、自然に還ります。日本人が愛した自然素材の家は完成したときが一番ではありません。新築の喜びと新しく出発する喜びはあっても決してその美しさに満足していませんでした。経年で変化していくことを楽しみ、そこに美しさと価値を感じていたのです。桜は散るから美しい、人も死ぬから美しい。家も木の床もそれと同じように経年で味わいを増す素材がいいですね。

建築家・プロダクトデザイナー
黒川 雅之 KUROKAWA MASAYUKI
1937年名古屋市生まれ。61年名古屋工業大学建築学科卒業。67年早稲田大学大学院理工学研究科建築工学博士課程修了。同年、黒川雅之建築設計事務所 / 株式会社K&K(2012年改称)設立。株式会社デザイントープ代表取締役。物学研究会代表。2010年に金沢美術工芸大学にて芸術博士取得。プロダクト・インテリア・建築にとどまらず文筆家としても活躍中。

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