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2019.02.28

木造建築の時を超える価値

建築家
手塚貴晴・手塚由比

1994年に手塚貴晴と手塚由比により手塚建築企画を共同設立した。199年に手塚建築研究所と改称。1997年、「副島病院」通商産業大臣賞グッドデザイン金賞。 「屋根の家」第18回吉岡賞、JIA新人賞、「屋根の家」日本建築学会作品選奨など多数受賞。2007年「ふじようちえん」経済産業大臣賞他多数受賞

手塚貴晴(てづか・たかはる) 1964年東京都生まれ。武蔵工業大学、ペンシルバニア大学大学院を卒業したのち、 リチャード・ロジャース・パートナーシップ・ロンドンに勤務。現在は、建築設計の仕事の傍ら、武蔵工業大学、東京都市大学で教鞭を執る
手塚由比(てづか・ゆい) 1969年神奈川県生まれ。武蔵工業大学卒業後、ロンドン大学バートレット校に進 学し、ロン・へロンに師事。現在は建築設計の仕事の他、東洋大学にて非常勤講師を務めている

http://www.tezuka-arch.com/japanese/

「家」という領域を規定するのは「床」である

「床のない建築を考えてみなさい」

大学の講義で、学生たちに「建築とは何か」を教えるとき、私はよくこういう質問を投げかけます。「底ナシ建築」を想像してみなさい、という、一種の哲学的な問いかけです。
建築の構成要素を考えると、屋根、天井、柱、窓、壁、そして床、という具合に分解することができるでしょう。ならば、この中で基本となる構成要素は何か。窓のない建築はいくらでもあります。壁のない建築といえば、四阿(あずまや)などが思い浮かびます。天井のない建築も取り立てて珍しいものではありません。しかし「底ナシ建築」となるとどうでしょうか。

このように考えれば、「柱」や「屋根」などと同じように、「床」もまた、建築の基本要素であることがおわかりになると思います。日本建築の場合、壁や窓は基本要素には含まれません。
基本的には、柱と屋根と床さえあれば、不自由はあってもそこで暮らすことができるからです。いわば、「屋根 が床の上に浮いている」のが日本建築だと言っていいでしょう。そして、床とは家の中で唯一、人間が常に触れている、そして触れずに生活できない部分でもあります。
壁や天井であれば、日常生活の中でそうそう触れることもないでしょうし、もしそこに何か問題があったとしても、よくよく観察してみなければわからない。その点、 床は、家にいる限り常時触れている部分なのです。私たちが自宅を建てるときにも、 一点豪華主義といいますか、床にだけはこだわって造りました。
日本という国の気候風土は、建築にも密接に影響を与えてきました。それによって、昔から床の文化、靴脱ぎの文化というものが発展してきたのです。昔は舗装された道路がほとんどなく、一雨くれば道はすぐぬかるみになりました。家に入るときは、履物を脱いで上がるのが基本です。そのために土間というものが存在してきたのです。

現在でも、インドなどへ行くと同様の文化が残っております。
インドの場合、牛が神聖な生き物として大事にされていますが、そのために道はどこも牛のフンがそこらじゅうに散らばっています。履物を脱がないと、家の中に牛のフンが入ってきてしまう。したがって、「扉を開けた瞬間」ではなく、「履物を脱いで上がった瞬間」に「家に入った」ということになります。ここでは、「家の中と外」という領域を規定するのは扉でなく、床ということになります。

日本でもこのような言い方が残っています。

「上がってよろしいでしょうか?」
「どうぞお上がりください」

この言葉は、「家」という領域を規定するのは「床」である、ということを意味しています。すなわち、「家=床」という意味になっているのです。

時を超えてずっと家族を見守り続ける「家」

私が生まれ育った家には、とても気持ちのいい木の床がありました。今もはっきりと覚えていますが、四畳半の部屋の手前にヒノキの廊下があり、暖かいひだまりができていました。そのひだまりに無造作に寝転ぶことが、幼い頃の私の大のお気に入りでした。そこは父の設計した家で、立派なお屋敷などではありませんでしたが、私にとっては「家」というものの原点の一つになっていると思います。

ちなみに、妻の由比の実家も妻の父親が設計した家ですが、そこにもやはり気持ちのいい縁側があったといいます。幼い頃の妻は、その縁側を裸足で走り回ったり、私と同じようにひだまりで寝転んだりしていたそうです。おそらく、そうした原体験が、現在、私たちの造る「家」の原点となっているのでしょう。
私たち夫婦の場合、子どもの頃に木の床の上でゴロゴロしていた、という共通の原体験を持っていたわけですが、「外の風が感じられて、かつ木の温かみのある場所」を気持ちいいと感じるのは、人間にとって本質的な感覚なのではないかと考えております。

感覚、あるいは感性と言い換えてもいいでしょう。「こういうのが気持ちいいんだ」という記憶が残っているのは、とても大事なことだと思っています。
もう一つ、私の中で原点になっている建築としては、佐賀県の有田町に、曽祖父が明治時代に建てた家があります。佐賀銀行の頭取であった曽祖父は佐賀市内に別の家を所有しており、有田町の家は父の兄、私から見ると伯父が住んでいて、私も子どもの頃から何度も連れられて行ったものでした。初めてそこを訪ねてから50年近く、ここは少しも変わっていません。いつ行ってみても同じ、現在に至っても、建物本体は何も変わっていないのです。

これは、本当にすごいことではないかと思います。人間の寿命の長さに比べて、木で造った建築の寿命というのは、非常に長いのです。これが例えば、鉄筋コンクリートなどで造られた建築であれば、残っていなかったのではないかと思います。時を超えて、ずっと家族を見守り続けている。その「すごさ」を実感させられる思いです。100年以上という時間の中で何も変わらない― これが「木」のすごさです。やはり、人間が住む場所としては、「木」というのは原点だと思います。

有田町の家…貴晴氏の伯父の家

建築には後世に文化を伝える力がある

有田町の家はせいぜい築110年というところですが、奈良などの古都へ行くとこれより古い木造建築はいくらでもあります。
例えば、唐招提寺がそうです。私はときどき、ああした昔の木造建築を観に行くようにしていますが、観るたびに圧倒されています。
「すごいなあ、昔の巨匠は」
あれほどのレベルになると、木が古くなって腐食してきたら随時そこから取り換え、修繕を重ねていくので、建築の寿命は優に1000年を超えてきます。

もともと「木」というのは最先端の材料でもあったはずです。ところが、建築の世界に構造計算という概念が導入された時、木というものを理解できるだけの力量が、日本の構造力学にも、世界の構造力学の中にも存在しませんでした。ナマモノであるが故に分析できなかったということでしょう。そのために、下手な造り方をして、壊れてしまっていました。その結果、理解できない人々は「ナマモノは危ないから食べないようにしましょう」という理屈で封印されてしまったのです。
しかし、現在では、どうのように扱えば良いのかがわかるようになりました。プログラムがようやく追いついてきて、生き物をちゃんと計算できるような時代になったのです。

少し以前のことですが、薬師寺の塔が補修されたことがありました。当時は金物を入れて補修していましたが、もし現在であれば、金物は入れなかったと思います。なぜなら、時間が経つと金物の周囲の木が縮むため、ガタガタになってしまうからです。それよりも、この木が縮む性質を利用し、時間が経って自然に締まってくるのを待つのが正しいやり方なのです。それこそが木の美学、生きているということの素晴らしさです。それが、ほんの少し前まではできなかったのですから、本当に惜しいと思います。現在では、木というものがいかに素晴らしく、力学的にも強じんであるかということを理論的に実証することができるようになりました。これからは、本来の建築が本当の意味で造れる時代になると確信しております。

床は、日本建築文化の「原点」である

屋根の家

建築の面白いところとして、建物とそこに住んでいる人は、どこか切っても切れない部分があると思います。
よく、「ペットは飼い主に似る」ということを言いますが、それに近いのかもしれません。私たち自身の自宅も、やはり住んでいる私たちに似た雰囲気をもっているような気がします。
以前、私たちが手がけた「屋根の家」という屋根が床になっている住宅があります。これも、施主のキャラクターや考え方に沿って設計したものになっています。

これと近い発想から生まれたのが、東京都立川市の「ふじようちえん」です。
ここでは、一周一80mほどの、木の屋根というか屋上を設けていて、園児たちはそこを裸足で走り回って遊ぶことができるようになっています。
今どきの子どもはなかなか運動しないものですが、「ふじようちえん」では、放っておけば園児たちがずっと屋根の上を走り回っています。ある大学の先生が調査したところ、よく走る子は午前中だけで約6㎞、平均でも約4㎞走っていたそうです。最近は東京にも運動能力に重きを置いた幼稚園がたくさんありますが、調べてみると、「ふじようちえん」の園児たちはいちばん筋肉が発達していることがわかりました。
私たちは幼児教育の専門家ではありませんが、「木の床を裸足で歩く」という体験は日本人にとって肉体に染みついた基本ではないかと考えています。裸足で歩いて足裏を刺激する、ということは、子どもたちの健康にも良いのではないかと思います。実際、私たちの子どももそうした環境で育ててきました。

「ふじようちえん」の園児たちは「目の輝きが違う」とか「イキイキして、とてもハキハキしている」と評判ですが、これはもちろん、園長先生をはじめとするスタッフの皆様の日ごろの教育の賜物でしょう。ただ、園の教育指針に沿った環境をつくることは、私たちにもお手伝いできると思っています。最適な環境を提供することで、教育の成果は何倍にもふくらみます。

そういう意味では、「人を育てる土壌を、私たちが造る」といってもいいでしょう。もちろん、環境だけ整えてもダメで、そこに園長先生のキャラクターがあって、初めてあの教育が成立しているのだと思います。どちらが欠けても成立しないでしょう。そして、環境という大きな枠組みの中で、子どもたちの肉体と直接触れる部分が床。
肌に触れる木の記憶というのは、何となく、深層意識に残ってくるものではないかと思っています。

妻の由比はよく、学生たちに言っているそうです。
美味しい料理を食べたことがない人に、美味しい料理はつくれないでしょう?  と。建築も同じことで、気持ちが良かった場所を知らない人に、気持ちのいい場所は造れません。
木の床の上を裸足で走り回ったり、床でゴロゴロしながらひなたぼっこしたり……。そんな心地よい記憶を、頭でなく肉体で覚えているのは、とてもしあわせなことではないでしょうか。

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