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2019.02.28

インテリアと床が溶け合う絶妙

家具デザイナー
瀬戸昇

1962年高知県生まれ。公益社団法人日本インテリアデザイナー協会理事。1983年九州産業大学芸術学部インテリアコース卒業後、1985年にエーディコア設立デザイナーとして参加。その後、エーディコア・ディバイズ唯一のインハウスデザイナーとして、オリジナルブランドを創出。1993年、2003年にグッドデザイン賞受賞。2004年以降、ミラノサローネや「LA建築とインテリアデザイン」など、多岐にわたるセミナーを全国で開催。その他、大学や専門学校、企業などでも特別講義を行なっている。

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スケボー留学で引き込まれたデザインの世界

僕をインテリアデザインの世界に引き込んだのは、高校時代のアメリカ留学体験でした。
とは言っても、ストレートに引き込まれたわけではないのです。工業高校のインテリアデザインコースで学んでいたのですが、当時、アメリカのライフカルチャー、中でも僕はスケートボードにかなり熱中していました。そのうち、プロになりたいと本気で考えて、両親に「勉強するから、アメリカにスケボー留学させてほしい」と頼み込み、二カ月ほどアメリカに渡りました。

滞在していたヒューストンの町には、その頃、世界でそこにしかなかったドーム球場やものすごく巨大なショッピングモールがあり、街の普通のスーパーマーケットにはヘインズのTシャツが売られていて、友達の家に遊びに行けば、いろんなプロダクトやインテリアに触れます。

―  高校生でも車に乗って、さまざまにデザインされたプロダクトに囲まれて生活している。

「デザインの力のすごさ」というものを、そんなふうに身近な生活の中で実感したことで、それまで漠然とデザインか建築の世界に関わりたいと思っていたものが「インテリアデザインの世界に入りたい」と明確になり、プロのスケートボーダーになるという当初の夢よりももっと鮮烈にデザインの世界に引き込まれていったのです。

高校2年で帰国して、3年の卒業制作でソファをつくったのですが、なぜかそのときに家具にとても興味が湧いてきました。現在は廃刊になった『室内』という雑誌があったのですが、誌面で、家具デザイナー垂見健三*1さんが連載されていた、「家具をこわしてみる」というシリーズ企画があったのです。
とにかく、いろんな家具を壊してみて、そのつくりの本質を確かめるという連載だったのですが、当時はかなり物議を醸したそうです。そこで椅子を壊したものを見て、すごく新鮮なショックを受けたんですね。椅子っていうのは基本的に脚が4本あって、座面に背だけが付いているだけだと思っていたものが、1本1本どれも形が違っているんだなと。しかも機能としては「座る」という基本を満たさなくてはならない単純な世界で、それなのにいろんなデザインで表現できているということに驚かされました。

ル・コルビジェやチャールズ・レニー・マッキントッシュなどの椅子もそうですが、インテリアデザイン、建築に携わる人たちが「椅子」としてデザインしたものがパーマネントデザインとして残っているのを見たときに「これは奥が深いぞ」と思ったのです。

美しい床を目の前にすると、
日本人は「土足」では踏み込めない

エーディコア・ディバイズの製品カタログはアメリカの住宅で撮影されているのですが、それには理由があります。本当に時間と愛情をかけて育まれた「本物のインテリア」があるからです。

アメリカに行くと、いろんなインテリア、テイストがあり、住む人のスタイルに合わせて、きちんとインテリアがつくられているのに感心させられます。ロサンゼルスにも家具屋ストリートがあるのですが、モダン家具でもミッドセンチュリー(1940~60年代にデザインされたもの)から80年代家具、現代、1920年以前のクラシカルなものまで、いろんなテイストの家具屋さんが揃っている。しかも、日本では家具屋さんなら家具中心ですが、向こうではアート・照明・インテリアに関するものはすべてコーディネートできるようになっています。

撮影をするときには現地の撮影コーディネーターの方の力をお借りするのですが、アメリカでは7割以上がリノベーションの仕事なので、建築家の方よりデコレーターの仕事のほうが多いと言われています。つまりデコレーターがリノベーションによる家づくりを主導していくわけです。
日本ではデコレーター(装飾家)は、インテリアコーディネーターというかたちで、家づくりというよりもインテリアデザインのお手伝いという認識が強い。アメリカでは、建築の学校に行って、卒業するときに建築家かデコレーターかを選ぶのだというわけです。もっと言えば、建築家のほうが不遇な方が多くて、デコレーターのほうが仕事もお金も多く回っているというぐらいですから、住宅をめぐる文化が根本的に違うのですね。

撮影のためのロケハンで伺った住宅も、ほぼすべてがデコレーターの方が入っておられて、「モダンだな」と感じるものは、ミッドセンチュリーの住宅に住まわれる方のためにデザインしてリノベーションされているというものでした。さらに驚かされたのは、リノベーションにかける時間も2年、3年のスパンなのです。それだけ時間と愛情をかけてつくられた住宅を見ると、本当に素晴らしい。また、いつ行っても感じるのは、そうした住宅の「床」も輝いているということです。

欧米だから土足で使うのだし、床は適当なもの……というイメージが最初は、正直なところあったのですが、まったくそんなことはありません。これまでに延べ130軒ほどのアメリカの住宅を見て回っていますが、どこも最初に目につくのが「床材」なのです。
フローリングはもちろん、コンクリートの打ちっ放し、モルタル仕上げやテラゾーでも仕上がりが素晴らしい。日本のように靴を脱いで生活する文化ではないのに、床が本当にきれいにつくられているわけです。床がそれだけ美しいということは、その住宅で生活をされている人たちも、やはりとても床を大事にされています。

お客さまではなく家族の快適のために床を磨く

そうした美しい床を目の前にすると、僕たち日本人は「土足」では踏み込めない。実際にロケハンでも、僕たちの一行は皆、靴を脱いで入っていました。「どうぞ、靴を履いたままで結構ですよ」と言われるのですが、床はもちろん、真っ白なカーペットにとても土足では入れません。すると住宅のオーナーの方が「ニコッ」とされて。おそらく、そうした姿勢にオーナーの方も「この人たちは、ちゃんとしている。家を大事にする人たちだ」と思っていただけたのかもしれません。そうなると子ども部屋からトイレ、バスルーム、書斎まで包み隠さず、全部見せてくれました。
欧米の方たちも日本人の「住宅への礼儀」のようなものを信用してくれることで、大事な住宅を貸していただけるのだと改めて感じたのです。

これは日本人には「意外」に思われる部分だと思うのですが、欧米の方は、想像以上に床を大事にする感覚をもっています。なぜ、そう感じるかというと、玄関の入り方です。

僕の会社も玄関にフロアマットを置いていますが、みんなドアを開けて、そのまま「パタパタパタパタ……」と入ってくるんです。欧米の玄関マットは、ブラシのようになっていて、基本的にみんな入口で、きちんと足の汚れを落として入るんです。お店に入るときも、現地の方を見ていると、お店の床に上がるとき、何度も足(靴底)をきれいにされています。
かえって日本人よりも、室内の床への意識を大事にしている。日本人は靴を脱いで上がっているから、床を大事にしているだろうというのは勝手な日本人の思い上がりのような気がします。本当に床を大事にしているのは、そういうことだ、とアメリカの住宅を回ってすごく感じました。

イタリアに行ったときも、イタリア人の彼らの住宅が床も含めてすごくきれいで感心したので聞いてみたのです。「どうして、こんなにきれいにしてるんですか」と。
日本の感覚では、僕たちみたいな来客があるとき「今日は大事なお客さんが来るから片づけなくちゃ、掃除しなくちゃ」となるものです。ところがイタリアの方は、そうではないと言うのです。「家族が快適になるからきれいにする」。住宅をきれいにしていると「家族みんなが快適でしょ?」と。お客さまにいいところを見せるためではなく、家族の快適のために片付けるし掃除をする。ベッドメイキングもするし、ソファにクッションもきちんと戻すし、家の中も磨くという感覚なのですね。

ですから日本人と考え方が違う。日ごろから家族のためにきれいになっているから、いつお客さまが見えても快適に迎えられるというわけです。
僕にとっても、その感覚は「目からうろこ」でした。ただ、日本人もそうした感覚の人が増えてきているのではないでしょうか。家をきれいにするのも、インテリアを考えるのも、絵を飾るのも「見栄え」のためではなく、家族のためにする。
もちろん、そのためには時間もお金もかけ方が違ってきます。あるイギリス人がオーナーになった住宅などは床の塗装だけで6000万円ぐらいかかっていました。

インテリアのバランスは床への考え方で左右される

昔は、僕たちの製品を撮影するのも、いわゆるスタジオ撮影用の白いホリゾント(背景用の幕や壁)でやっていました。そこから、実際に住宅をロケハンして撮影するようになって、床の素材や質感というものに、本当に製品の家具などの魅力が左右されるんだということを理解できるようになりました。つまり、どんなにいい製品も、その「地」となる床や壁、天井などのインテリアの色や素材に合ったコーディネートをすることがすごく大事だということです。

家具のデザインをしていて思うことでもあるのですが、当然、家具のデザイン、プロダクトのデザインとして勝負できるものをつくるという思いはもっています。ですが、それだけではなく、空間に入ったときのバランスが非常に大事だなと思うのです。なぜなら、どんな空間でも椅子一脚だけで存在しているのと、そうではないのとではバランスが異なるからです。
白いホリゾントの上で椅子が一脚だけ存在しているのなら「かっこいいなあ」と思えるデザインにすればいい。でも実際に使われるのは、そんな空間ではないですよね。最低でも椅子が四脚、テーブル一台、お店だと何十脚。
いちばん多いところだと、例えば自動車メーカーさんの社員食堂では5500脚というような空間もあります。もし、そんなところで「うわ、凄いな」という椅子が5500脚も並んでいたら、かなり鬱陶しいでしょう。やはり、空間の中に溶け込んでいないと、インテリア、家具というのは本当に意味がない。

僕は、昔からよく言うのですが、「どこにでもありそうで、どこにもない、探すと意外にない」そう言うものがいちばん良いデザインなのかなと。その点、欧米のバランス感覚というのは、やはり際立ったものがあると思います。生活に根ざしたバランスですよね。「この生活だったら、車はコレ、インテリアはコレ、家具はコレ」というようなバランスがとれているから空間も非常にすんなりしている。

生活自体もそうだと思うのです。普通の給料をもらって、時計だけがロレックスをしているというのは、やはりちょっとおかしい。僕も、若い時のことを振り返ってみると「僕の家具を見てインテリアをデザインしてもらえればいいな」と思っていました。若かったのでしょう。今とまったく逆の発想です。
若い時は、家具が主役だと思っていましたが、今はバランスのほうがもっと重要だと考えています。
家具だけが立っていても駄目ですし、窓だけ立っても駄目、照明だけ立っても駄目。どれか一つだけが強調されて目立つのではなく、インテリアすべてのバランスがとれている。そういう状態にもっていきたいというふうに思っています。

*1 垂見健三(たるみ・けんぞう)

1933年生まれ。千葉大学木材工芸科卒。1972年垂見健三  デザイン事務所を設立。主に家具・プロダクトデザイン/インテリアデザインを制作。  日本インテリアデザイナー協会、日本インテリア学会  会員。1972~2005年  ICSカレッジオブアーツ 元教授・副校長・教育顧問。1972~1976年 東京造形大学 室内建築科 非常勤講師 を務める。1986年「家具の事典」編集委員および執筆 インテリア・家具産業の業界におけるデザイン・技術指導などを行なう。

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